何を読んでも何かを思いだす

人生の半分はフィクションでできている。

かゆいもの見たさ

 

人は、それを見ると恐怖や不安、不快を感じるとわかっているのについつい見てしまう、ということがある。いわゆる「こわいもの見たさ」というやつだ。これを心理学では……何と言うのか知らないが、とにかくそういうものがある。

 

今の季節にピッタリの椎名誠の短篇「蚊」を再読した。

久しぶりに読んでも気持ち悪い小説だったが、気持ち悪いのにおもしろい。実に困った小説だ。

 

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椎名誠『蚊』(新潮文庫、1987 / 新潮社、1984


 主人公の男が目覚めると、アパートの6畳の部屋に蚊が充満している。そこから蚊と男の壮絶な戦いが始まる。

言ってしまえばそれだけの話なのだが、それが椎名誠の独特の文章(変な固有名詞や妙なオノマトペ)で綴られるとなんとも不思議な話になってしまう。

 

「蚊だ。蚊だらけだ」おれは一瞬両足を搔くのをやめて茫然とした。電燈の光の中にぼんやりけぶって見えたのは蚊だったのだ。(中略)息を吸うのと一緒に蚊が二、三匹鼻の穴の中に入ってきた。おれはすこしうめき、布団の上に突っ立ったまま頭と首筋とそれからむきだしになったままの両足と両腕を掻いた。掻きはじめると全身が猛烈に痛痒くなっているのがわかった。おれは次々に体のいたるところを掻きむしりながらのそのそと窓の鍵をあけた。

 

 ああ、こう書き写しているだけでもなんだかむずむずしてくる。

こういうのが苦手な人には勧めないが、それでも「かゆいもの見たさ」で読んでみようかという人もいるかもしれない。

もっと蚊のことが知りたい、興味があるという変な、いや、好奇心旺盛な人にはこういう本もある。

椎名誠・編著『蚊學ノ書』集英社文庫、1998  / 夏目書房、1994)

 

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これには上記の短篇のほか、椎名誠の蚊に関するいろいろな文章が収録されている。

またいろんな人の蚊体験や、蚊の文化史といったものもあり、人間の身近にいるけどあまり顧みられない蚊という生き物について知ることができる。

ちょっと変わった夏の読書にいかが?