何を読んでも何かを思いだす

人生の半分はフィクションでできている。

年齢のこと

 

フィンランドの新しい首相に34歳の女性が就任するらしい。

 

www3.nhk.or.jp

 

日本の政治家の中では比較的若く見える安倍さんでも65歳だから、親子ほど歳の差がある。日本ではちょっと想像もできないことだ。

 

何事も若ければいいというわけではなく、また若いからダメだと決めつけるわけにもいかない。逆に、歳をとっていれば(以下同文)。

それぞれの仕事によって求められるものが違ってくるし、個々人の能力や性質を無視して年齢だけで適性を判断することはできない。

とは思うものの、こういう若い人がある分野で中心になるというニュースを見ると、なんだか自分が世界の端っこの方に追いやられていくような気がしてしまう。

 

大相撲の横綱が自分より歳下だと気づいてショックを受けた、という話はよく聞く。イチローだってずっと歳下だ。

まあ、スポーツの世界はちょっと特別だとしても、たとえば会社で新しく赴任して来た上司が自分よりずっと歳下だとしたらどうだろう。

私は、上司というのはそういう役割の人に過ぎないと思っているから、特にどうとも思わないけれど、人によってはやっぱりやり難いとか、はっきり言って嫌だと思う人もいるかもしれない。

 

その歳なら知ってて当然とか、できて当たり前と思われていることがある。

私の場合、そういうことはたいてい知らないし、おおかたできない。そして常識がないといって呆れられる。

いくつになっても知らないことは知らないし、できないことはできないのだが、世の中的にはそれではダメらしい。(知らなくてもいい無駄知識はけっこうあるのだが)

 

私はいま50歳だけど、この年齢がどうにも中途半端な感じで落ち着かない。

若いわけではないが、年寄りというほどでもない。

なんだかいつにも増してとりとめのないことを書いているけれど、要するに、複雑なお年頃なのです。

 

 

ツバキの花が咲きました

 

うちの荒れた庭にツバキの木があって、白と赤、二色の花を咲かせている。

こちらは白。

 

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こちらは赤。

 

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赤といっても真っ赤ではなく、ちょっとピンクっぽい赤だ。

偏見かもしれないが、こういうピンクっぽい赤は、日本人よりも中国人の方が好みそうな気がする。中国の時代劇(?)なんかで、女性がよくこういう色合いの服を着ているようなイメージがある。

この二本の木、もつれるように植えられていて、離れて見ると、上段が赤、下段が白の一本の木のように見える。まさか自然にこうなったとは思えないので、こういう植え方があるのだろう。

 

今年になって初めてツバキが咲いているのを意識した。

もちろんこの木は今年急に生えてきたわけではない。たぶん、かなり昔に、父が知り合いにでも頼んで植えてもらったのだろう。花だって毎年咲いていたはずだ。

私も毎年その花を目にしていたはずだ。しかし、目にしていても、見てはいなかった。視界に入っていても、それと意識していなければ自分の中では存在しないのと同じだ。

それを意識するようになったのは、たぶんブログを始めたからだと思う。記事のネタになりそうなことを探すため、身の周りのことに少しだけ注意深くなったような気がする。ブログの効用と言っていい。

世の中にはそういうことがたくさんある。たしかに存在しているけれど(自分の中では)存在しない人、物、事。そういうことを少しずつ自分にとっての「存在」に変えていくことが、書くことであり、また読むことなのかもしれない。

 

それはともかく、関心を持ったからといってきちんと手入れをするようになったわけではない。そこはまあ、不精者なので、あいかわらず放置状態のままだ。

それなのにこうして律儀に花を咲かせて、私の目を楽しませてくれている。そう思うとなんとなく申し訳ないような気もする。

しかし、もしツバキが言葉を話せたら、こんなふうに言うかもしれないな。

 

勘違いしないでください。

私はなにも人間(あなた)のために花を咲かせているわけではありません。

思い上がってはいけない。

私が花を咲かせるのは、ただ《時》を心得ているから。

ただそれだけのこと。

 

 

それだけのこと

 

口癖というほどではないが、「それだけのこと」という言葉をわりとよく使う。

他人との会話で使うのではなく、独り言のように、自分の心の中でつぶやく感じだ。

この、ちょっと開き直ったような、少し投げやりな感じがする言葉には不思議な力がある。

 

私はけっこうのんきに生きている方だと思うけれど、それでも多少の不安や悩みはある。

そういう不安や悩みはたいてい結論のない堂々巡りでしかないので、さっさとスルーするに限るのだが、なかなか頭から離れないときがある。そんなとき、それに対して心の中で「それだけのこと」と唱えると、「ああ、なるほど、たしかにそれだけのことだ」と堂々巡りを終わらせることができる。

もう少し具体的に言ってみよう。例えば「孤独死」。

私はこのままいけば孤独死確定なのだが、そのことがたまに不安になったり寂しく感じられたりする(「たまに」程度だが)。

「誰にも看取られることなく、独りで死ぬ」

そのことがたまらなくいたたまれないことのような気がする。そういうときにこの言葉を付け加えてみる。

「誰にも看取られることなく、独りで死ぬ。それだけのこと

うん、まあ、それだけのことだな。納得というわけではないが、とりあえず話はそこまでになる。

もちろんこれはあくまで「例」として話を単純化して書いているので、さすがにこんな単純な人間だと思われても困るが、まあ、だいたいこんな感じだ。

私たちは常にいろいろなことを考えているが、ときどき考え過ぎてしまい、不安や悩みといったものを「実体」以上の大きさにしてしまう。

「それだけのこと」という言葉には、一旦その過剰な思考を止めて、ふくれあがった不安や悩みを元の大きさに戻してくれるようなところがある。

 

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そんな効果のある言葉だが、使い勝手がいいからといってむやみに使い過ぎると「副作用」が現れてくる。

思考が麻痺してくるというか、だんだん虚無的な気分になって、あらゆることがどうでもよくなってくるのだ。そして最終的にはこんなことになる。

人間なんて、ただ生きて、死ぬだけ。それだけのこと。

いや、まあ、そうなんだけど、それではあまりにミもフタもなさ過ぎる。 私は、そこまでは行きたくない。

 

どんな言葉でも、使い方によっては毒になる。 

言葉も、用法・用量を守って正しく使いましょう。

 

 

頭痛のスタイル

 

昨日から本格的に風邪をひいている。

おまけに頭痛もひどい。

せっかくの連休で(仕事の都合でいつも土日が休みというわけではない)、あれもしなければ、これもやらないと、と考えていたのだが、すっかり駄目になってしまった。(もっとも、体調が良くても、予定通りにいった休日などほとんどないのだが)

 

昨日は丸一日寝ていた。

朝飯だけはなんとか食べたが、そこから気分が悪くなって布団に逆戻り。

風邪薬と頭痛薬、どちらを飲もうかと悩んだが、とりあえず頭痛薬を飲んでおく。

それからいつもの頭痛の時の格好をする。

まず「サロンパス」(「トクホン」でもなんでもいいのだが)を縦横に切って4分の1の大きさにして、左右のこめかみ(耳の前と眉の横あたりの、血管がビクビクしているところ)に貼り付ける。それから額に「冷却シート」を貼って、それがずり落ちないようにタオルで鉢巻きをしてきつく頭を締め付ける。

これで完成。これにどれほどの意味があるのかわからないが、こうしておくと少し楽になる(ような気がする)。昔、いまよりずっと太っていた頃はもっと頻繁に頭痛がしていて、いつのまにかこういうスタイルができあがってしまったのだ。

よく時代劇などで、病気の殿様が頭に鉢巻きのようなものをしているが、あれにもやっぱり何か意味があるのだろう。

それからこんこんと眠る。途中何度か目を覚ましてトイレに行ったり、水を飲んだりしたが、それ以外は何もせず、何も食べず、今朝まで眠り続けた。

 

まだぜんぜん本調子ではないのだが、とりあえず更新を予定していたので、こんなことを書いてお茶を濁している次第。お恥ずかしい。

12月は仕事の繁忙期につき、さらに更新頻度が落ちるかもしれないが、なんとか細々と続けていきます。

 

  

背負い背負われ

 

       たはむれに母を背負ひて

  そのあまり軽きに泣きて

  三歩あゆまず

             (石川啄木

 

 

一度だけ自分の父親をおんぶしたことがある。

 

父は月に一度、町の診療所に薬をもらいに行っていた。以前は自分で車を運転して行ったのだが、免許を自主返納してからはタクシーを使っていた。ある時期からは私もそれに同行するようになった。父の足取りが少々覚束なくなってきたからだ。

ある日、いつものように診療所から帰ってきた私たちは、家の100メートルほど手前でタクシーを降りた。

実は家に至る道の最後の100メートルほどがとても狭くなっていて、軽や小型車なら大丈夫だが、普通の乗用車ではかなり運転が難しいのだった。慣れている人なら別だが、そうでなければ運転のプロでもけっこう厳しい。だから私たちは、タクシーを使うときはいつもそのその細い道の手前で降りて、後は歩くことにしていた。

ところがタクシーを降りたとたん、雨粒が落ちてきた。その日は朝から晴れていたので、私たちは傘の用意をしていなかった。

雨粒が大きい。一気に激しく降る雨のようだ。自分一人ならなんてことはないのだが、杖をつきながらよろよろと歩く父の足に合わせていては、ひどく濡れるかもしれない。年寄りのことだから、風邪でもひけばそれが深刻なことにならないとも限らない。

三つ四つと顔に雨粒が当たり、いまにも大降りになろうかというとき、私は父を背負って走り出した。(「三歩あゆまず」どころではない)

痩せ細ってはいても大人一人を背負って走るのはたいへんで、玄関に着いた時には息が荒くなっていた。やがて雨音が強くなり、土砂降りになった。

 

話としてはそれだけのことだ。特別な思い出でもなんでもない。

ただ後になって、父を背負ったのは(覚えている限り)後にも先にもあの一度きりだったな、と思ったのだ。

そして一方で、自分が幼い頃には、父母をはじめいろいろな大人に背負われたのだろうと思った。

 

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正直なところ、私はあまり子どもが好きではない。しかし、大人の背中に背負われている子どもを見ると、なんというか、安心感ようなものを覚え、少し暖かい気持ちになる。

ひとつには、自分自身の失われた時間に対するノスタルジーなのだろう。

もうひとつは、そこに完全な信頼関係を感じるからかもしれない。人間の体でもっとも無防備な背中。その背中に自分の全体重を、全存在を投げ出して預ける子どもと、それをしっかりと受け止めている大人。その構図が、人間の完全な信頼関係を体現している、といったらおおげさに過ぎるだろうか?

背負われていた子どもは、やがて長じて親になり、またその子どもを背負うのだろう。

 

この先、私はたぶん誰を背負うこともなく、誰かに背負われることもないだろう。そう思うと、少しだけ寂しい。

 

  

ひっつき虫(草の名前・その3)

 

めずらしく庭で雑草を刈っていると、いつのまにか軍手がこんなことになっていた。

 

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衣服はこういうのがくっつきにくい素材だったので良かったが、うっかりセーターでも着ていようものならえらいことになっていた。

この雑草のせいだ。

 

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この雑草の名前はコセンダングサ(小栴檀草)、だと思う。(センダングサ属には近縁種や変種が多いらしいので、間違っていたらゴメンナサイ。というか、このブログの記事にあまり正確さを求めてはいけない)

ところどころに見える小さくて黄色いのが花で、手前の黒いトゲトゲが「種」である。もっとも、厳密に言えばこれは「実(痩果)」であって、この中に「種」が入っているのだが、ここはわかりやすく「種」としておく。(ヒマワリの「種」と同じことだ)

 

この種の先端のトゲが衣服の繊維の間に入って引っかかるのだが、実はこのトゲには逆向きの細かいトゲがついていて、一度繊維の間に入るとなかなか抜けないようになっている。こんな小さい種に、さらに細かい工夫があるのだ。

 

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(この画像はWikipediaより借用)

こんなふうにくっつくタイプの種をつくる植物はほかにもあって、そういう種をまとめて「ひっつき虫」とか「くっつき虫」とかいうそうだ。たしかに虫っぽい。代表的なのはオナモミの仲間だろうか。

 

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オナモミWikipediaより)

 私が子どもの頃は、こういうのをお互いに投げあったり(当たるとけっこう痛い)、こっそり他人の服にくっつけていたずらしていたものだが、いまの子たちもそんなことするだろうか。


種がくっつくのはもちろん人や動物に遠くまで運んでもらうためだ。

植物は個体が自分で移動することはできない。だから種という形で動物に運んでもらう。

一つの種が運ばれて、その場所に根を張って、また次の種をつくる。その種はまた少し遠くに運ばれて、次の種をつくる。また少し遠くへ。もっと遠くへ。もっともっと遠くへ……。

そうやって何世代もの長い時間をかけて自分たちが棲息する範囲を広げていく。

こんなふうに書くとなにかロマンチックな感じがしなくもないが、もともとその場所に棲息していた在来種にとってみればいい迷惑である。

もっとも、人間の歴史だってたいてい土地の奪い合いだから、偉そうなことは言えないのだが。

 

  

大人になってできなくなったこと

 

大人になって虫に触れなくなった。

 

田舎生まれ、田舎育ちなので、子どもの頃は家の外で遊ぶことが多かった。

家庭用ゲーム機などもまだなかったので、友だちと野球(のマネごと)をしたり、鬼ごっこや隠れんぼをしたり、ちょっと遠くの雑貨屋で売っていた銀玉鉄砲(バネで小さなプラスチックの銀玉を撃ち出す、作りの雑なモデルガン)を買って銃撃戦をやったりしていた。

友だちの都合が悪くて一人で遊ぶこともあった。そういう時には虫や小魚などを採ったりした。なかなか牧歌的な少年時代だ。

 

たいていの虫には触ることができた。

もちろんゴキブリや毛虫などの害虫には触らなかったが、カブトムシやクワガタなどのスター昆虫(?)をはじめ、カナブンやカミキリムシなど、そこら辺にいる虫は普通に手で触っていた。甲虫だけでなくチョウやトンボ、セミなどもそうだ。

昆虫だけではない。小学校の帰り道、水を張った田んぼでカエルやタニシを採ったり、小川ではサワガニやザリガニ、素手で小魚を採ったりもした。梅雨どきにはカタツムリなど。

 

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大人になったいま、上に挙げた虫の類にはほとんど触れなくなった(と思う。あえて試してはいないが)

だからどうした? それがなんなんだ? と言われれば、別にたいしたことではない。

虫に触れなくても普通に生きていけるし、生活になんの支障もない。(田舎の場合はちょっと支障があるかもしれない)

しかし、そんなつまらないことでも、できなくなったこと、失った能力であることには違いない。

 

私たちは成長し、大人になるにつれていろいろなことができるようになっていく。そして多くのことを学び、得るようになる。

しかしその一方で、できなくなったこと、失ったものもあるだろう。

それは得たものに比べると、取るに足りないどうでもいいことかもしれない。秤にかければ、圧倒的に得たものの方が大きく重いような気がする。

だがそれは、失ったものを過小評価しているのかもしれない。それは自分で思っているよりも大きく大事なものなのかもしれない。

もしかしたら、得たものばかりに目がいって、何かを失ってしまったことにさえ気付いていないのかもしれない。

 

望むと望まざるとにかかわらず、私たちは世の中で生きていくために成長しなければならない。

だがときどきは、成長する過程でできなくなったことや失ったもののことを考えてみたほうがいい。(そればかり考えるのは良くないが) 

それと同時に、成長してできるようになったこと、得たものが、自分の幸せに本当に必要なものなのかどうかも。

  

今週のお題「〇〇の成長」