何を読んでも何かを思いだす

人生の半分はフィクションでできている。

路地裏の古本屋のように、それから

 

はてなブログ」の管理画面に「こよみモード」というのがあって、その月のカレンダーに投稿した日が表示されるのだが、そのカレンダーの下(もしくは右側)に「✖️月のあゆみ」と題して、過去のその月に投稿した記事の冒頭部分が表示されるようになっている。

私はいま3年目に入ったところなので、今年の4月のカレンダーの下に、去年と一昨年の4月に投稿した記事が一つずつ表示されるわけだ。

その一つを読み返してみた。

 

paperwalker.hatenablog.com

 

一昨年の4月16日、ブログを始めてほぼ1ヶ月後、ちょうど10件目の記事だ。

記事の最初の方では、いわゆる「運営報告」のマネゴトのようなことをしている。どうもこの頃の私は、ブログというものは定期的に「運営報告」をするものだと思い込んでいたらしい。

しかし注目したいのは記事の終わりの方で、そこで私は自分のブログを古本屋に喩えてこんなことを書いている。

 

1日に何百ものアクセスがあるメジャーなブログは、例えるなら、駅ビルに入っている大型新刊書店のようなものだ。

店内は明るく活気があり、毎日溢れるほどの新刊が入ってくるし、多くの客がひっきりなしにやってくる。

それに比べて私のブログは、路地裏の古本屋といったところか。

埃っぽくて薄暗く、奥の帳場には仏頂面をしたオヤジが座って新聞を読んでいる。(あくまでも昭和の古本屋のイメージです)

客は1日に10人くるかどうか。誰も来ない日だってある。

 

ブログを始めて1ヶ月、10記事書いた時点で、自分のブログは人気ブログにはなれないと悟っているあたり、先見の明があるというべきか、諦めが早いというべきか。

この部分は今現在のこのブログについてもほとんどそのまま当てはまる。まったく進歩というものがない。

しかし今では、これがこのブログの基本姿勢のようなものかなと思っている。

 

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北向きの店はあまり日が差さず、店内は薄暗くて埃っぽい。

店主は今日も仏頂面で帳場に座り、適当に新聞や本を読んでいる。ときどきラジオをつけると、なぜか決まって昭和の歌謡曲ばかり流れてくる。

およそ「商売っ気」というものが感じられない店だ。

もちろん店主だって、内心では大勢のお客さんに来てもらいたいと思っているのだが、そんな気持ちは顔に出さない。出したら負けだ(?)と思っているのかもしれない。つまりは痩せ我慢である。

まあ、商売と思えば苦労だが、道楽と思えば気が楽だ。

 

店のドアがカランと音を立て、お客さんが1人入ってくる。

店主はボソッと「いらっしゃい」と言っただけで、読んでる本から顔も上げない。実に素っ気ない。しかし本当はそのお客さんが気になって仕方ない。初めて見る人だと思うけど……。

お客さんは狭い店の中で、隙間が目立つ棚を丹念に見てくれる。店主はそれだけでも嬉しいのだが、なんと一冊の本を手に取って帳場に持ってきてくれたではないか!

しかし店主は仏頂面のまま(少し緊張しているので、よけいに顔がこわばっている)本を受け取り、後ろの見返しに鉛筆で書かれた値段を確認し、お客さんからお金をもらう。

本当は両手を握って感謝を伝えたいぐらいだが、もちろんそんなことはせず、ボソボソっと「ありがとうございました」と言っただけだ。気の利いた会話はもちろん、愛想笑いのひとつもできない。どうにも客商売に向いていない。

お客さんが帰って、また独りになった店主は思う。

あの人、また来てくれるかなあ……。

 

このブログはこんなイメージで「運営」されています。