何を読んでも何かを思いだす

人生の半分はフィクションでできている。

寝ても覚めても

 

古本に夢中になり始めた頃は、いつも古本屋を探していた。

まだネットが普及していなかったので、タウンページで当時住んでいた地方都市の古本屋をリストアップし、紙の地図に印をつけ、それを片手に探して歩いた。

当時はまだ小規模な古本屋(扱っていたのはありふれた中古本だが)がけっこうたくさんあって、そういう店はいつの間にかなくなってしまうのだが、別のところでいつの間にか似たような店ができていたりする。そういう店まで細かくチェックしていた。

そんなふうに古本屋のことばかり考えていると、自然と夢の中にまで古本屋が出てくるようになる。まさしく「寝ても覚めても」という感じだった。

その中のいくつかは、いまでもけっこう細かいところまで覚えていて、ふと、あれは夢ではなく、実在した古本屋なのではないかと思ったりする。

 

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ある(架空の)古本屋は、車道から用水路を一本隔てた歩道沿いにある。用水路といってもコンクリートで固められたものではなく、ちょっと見ると小川のようでもある。店の外壁は白く塗られていて、店内の本棚も白を基調にしており、歩道に面した広いガラス窓から差し込む日差しと相まって、やけに白々とした空間をつくっている。

また別の(架空の)古本屋は、私が住んでいたアパートの近くの交差点の一角にあった。正面から見ると、引き戸の入り口の幅しかないような、極端に間口の狭い店に見える。しかし店に入ってみると、その狭い間口がそのまま奥に伸びていって、いわゆる「うなぎの寝床」のような造りになっている。入ってすぐのところに帳場(レジ)があり、それ以外は細い通路を挟んで壁一面の本棚が奥まで続いている。

街を外れた郊外にも(架空の)古本屋があった。バイパス道路を走っていると、ポツンと二階建ての建物が見えてくる。そこは一階が古美術品を扱っていて、二階が古本屋になっているのだ。この古本屋に行った帰りには、決まってバイパスの入り口にある(架空の)スーパーで惣菜を買って帰ることにしていた。

その他にも、私が通っていた大学の近くには(架空の)ブックオフが2店もあって、学校帰りによく寄ったものだ。

 

まあ、細かいところは無意識に後から「補強」した可能性もあるが、だいたいこんな感じの夢だ。あまり鮮明ではない古本屋の夢ならもっとたくさん見た。

 

あの頃はおもしろかったなあ。

初学者の喜びというか、なんでも夢中になり始めた頃が一番楽しい。見るもの聞くもの新しく、世界が広がっていくのがはっきりとわかる。

いまも古本や古本屋は好きだし、楽しんでいるけれど、当時ほどの情熱はないような気がする。(と言いながらけっこう買っているが)

情熱と経験は反比例するのだろうか。

いまはその情熱が懐かしい。