何を読んでも何かを思いだす

人生の半分はフィクションでできている。

同好の士

 

昨年の10月から12月にかけて古本関係の新刊(まぎらわしい)が立て続けに刊行された。

なかでも嬉しかったのは岡崎武志、古本屋ツアー・イン・ジャパン編『野呂邦暢 古本屋写真集』ちくま文庫、2021 )である。

 

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この本は2015年に盛林堂書房から刊行された同書を増補再編集したものだ。盛林堂書房は東京の西荻窪にある古書店で、マニアックなミステリーなどを中心とした出版も行なっている。

その元版は定価2500円で500部出版されたのだが、あっという間に完売し、現在では一万円以上(店によってはその倍も)の古書価がついている。

なので、こうしてちくま文庫から新刊として求めやすい形で再び出版されるのはとてもありがたいことなのだ。(元版を持ってる人には気の毒だが)

 

この本に収録された80枚ほどの写真は、42歳という若さで亡くなった作家野呂邦暢が自ら撮影したものだ。しかもその写真の多くは神保町や早稲田などの(70年代の)東京の古本屋の店頭を写したものである。長崎に住んでいた野呂が上京の度に撮ったものらしい。

今ならブログやSNSに載せるために自分が行った店の写真を撮る人も珍しくはないだろうが、もちろん野呂の時代にそんなものはないので、その古本屋の写真はまったく自分だけのために撮ったものだ。

 

そもそも当時と今とでは、写真を撮るという行為の重みが違うような気がする。

今なら店に行ったついでにスマホで撮ればいいけれど、昔は(変な言い方だが)写真を撮ることしかできないカメラをわざわざ持ち歩かなければならなかったのだ。

しかも撮った後にすぐ画像を見ることはできず、撮り終わったフィルムをカメラ店に持っていって数日かけて現像してもらわなければならない。

要するに、昔は写真を撮るという行為は今よりずっとハードルが高くて手間暇がかかることだったのだ。

野呂もそんなふうに手間暇かけて写真を撮って、一人でその写真を見ながら東京の古本屋に思いを馳せていたのだろう。(同じく九州に住む者としてその気持ちはよくわかる)

写真の巧拙はともかく、古本屋が好きだという気持ちだけは充分に伝わってくる。

 

そしてそれは野呂だけではなく、この本に関わった3人(岡崎さん、古ツアさん、盛林堂書房の小野さん)も同じだろう。

もともとこれらの写真は岡崎さんが野呂の遺族から個人的に譲り受けていたもので、それを他の2人にも見せたら本にしようということで盛り上がって元版の出版に至ったものらしい。

3人の古本屋好きが、いや、野呂自身も含めて4人の古本屋好きが、ただただ「古本屋が好き」という気持ちひとつで作った本。

これはそういう本だ。

 

半世紀ほど前の古本屋の写真集というどこをどう見ても地味でマニアックな本なので、誰にでも勧められるものではないけれど、同好の士であればぜひ。