何を読んでも何かを思いだす

人生の半分はフィクションでできている。

仕事と自由

 

もう何度も書いていることだけど、二十代の頃、無職でぶらぶらしていた時期がある。

理由はいくつかあったのだが、その根底には「できるだけ他人と関わらずに自由でいたい」という身勝手な気分があったのだと思う。(まあ、今もそういう気分がないわけではないけど)

もっとも霞を食って生きていくわけにもいかないから、たまに派遣のバイトをして糊口をしのいでいた。そういう仕事はだいたい1週間とか2週間ぐらいの短いものが多かったので、一か所で長く働くということはほとんどなかった。

経済的にはドン底の生活だったけれど、しかし、そこにはたしかに「自由な生活」があった……と言いたいところだが、実際はそんなかっこいいものではぜんぜんなくて、ただの「自堕落な生活」があるだけだった。

自由というのはなかなか扱いづらい。

 

「仕事」というものを、「ある行為をして直接的・間接的に他者からなんらかの報酬や利益を得ること」と定義するなら、完全に「自由な仕事」というのはありえないのではないだろうか。他者と関係した時点でどうしたって不自由が生じる。

(他者と関係しない「仕事」といえば、自給自足のための農業ぐらいしか思いつかない)

もちろんそんなことはみんな承知しているだろうから、「自由な仕事」とか「自由に働く」などと言うときは「ある程度自由な仕事」とか「比較的自由に働く」という意味なのだろう。つまりは程度の問題だ。

逆に言えば、「仕事」をする以上(程度の差はあれ)人は不自由を受け入れなければならないということになる。

たぶんそれがあらゆる「仕事」から共通して学べることであり、また学ばなければならないことなのだろう。

 

そういうわけで、明日も4時半に起きて仕事に行きます。

 

今週のお題「フリーにはたらく」