何を読んでも何かを思いだす

人生の半分はフィクションでできている。

赤とんぼ

 

『赤とんぼ』という童謡がある。

 

  夕やけ小やけの 赤とんぼ

  おわれてみたのは いつの日か

 

誰でも一度は聞いたことがあると思うが、実は私はこの歌詞を長い間勘違いしていた。

「おわれてみた」の部分を、「追われてみた」だと思っていたのだ。

正しくはもちろん「負われて見た」である。

子どもの頃、母親か誰かに背負われて見た情景を歌ったものだ。3番の歌詞に「姐や」が出てくるので、家に奉公に来ていた少女に子守されていたのかもしれない。いずれにしても、過ぎ去った昔を懐かしく思い出すノスタルジックな歌詞である。

それをどうして「追われてみた」と思っていたのか。なにか子どもの頃に、トンボがトラウマになるようなことでもあったのか。

 

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虫が全般的に苦手な人は別にして、とくにトンボが嫌いという人をあまり聞いたことがない。

カブトムシやクワガタといったスター昆虫のような人気はないと思うが、見た目もシュッとしてスマートだし、とくに害があるようにも見えないし、あまり嫌われる要素がないのかもしれない。

確かに1匹2匹飛んでいる分には風情があってよろしい。

しかし奴らはときどきものすごい集団で飛んでいることがある。あれはちょっと怖い。

 

いつだったか、うちの庭で赤トンボが乱れ飛んでいたことがあった。地面から屋根ぐらいの高さ、その空間を満たすほど無数の赤トンボが、それぞれ右へ左へ所狭しと飛んでいた。

「乱舞」という言葉がこれほど似合う光景を見たことがない。

ちょうど陽が沈む頃の独特の光の加減で幻想的な美しさがあったけれど、狂ったように飛びまわっている赤トンボは少し怖かった。なにかこの世の光景ではないような。

そういえば子どもの頃、赤トンボは死者の霊だか魂だかがこの世に現れた姿だ、みたいなことを聞いたような気もする。

 

そういう詩的な(?)怖さとは別に、もっと卑近で即物的な怖さもある。

私は基本原チャリ移動なのだが、田んぼ道を走っているとトンボの一群に出くわすことがある。その群の中を突っ切っていくわけだが、そういう時のトンボの動きというのはちょっと独特な感じがある。

奴らは私の体にギリギリまで近づいて、「あっ、ぶつかる!」という直前にヒラリと鮮やかに身をひるがえすのだ。

よく「宙返り」(バク宙)のことを「トンボを切る」とか「トンボ返り」とか言うけれど、なるほど、こういう動きのイメージかと納得する。

しかしギリギリで避けると分かっていてもヒヤリとする。なんだか軽く挑発されているような気になる。もちろん私の方がスピードを出して直進しているからそうなるわけで、トンボに(たぶん)悪意はない。

ところがトンボの中にもどんくさい奴がいるようで、2、3匹は私の肩やヘルメットにぶつかってしまう。私のヘルメットはフルフェイスだからまだいいけれど、顔が露出しているタイプだったらかなり怖いのではないだろうか。

 

ふと想像する。

もしこのトンボの群が後ろから追ってきたら……。