何を読んでも何かを思いだす

人生の半分はフィクションでできている。

『コンビニに生まれかわってしまっても』

 

タイトルがあまりにも魅力的だったので、つい買ってしまったのがこの本。

西村曜『コンビニに生まれかわってしまっても』(書肆侃侃房、2018)

西村曜(あきら)さんは1990年生まれの女性歌人で、これはその第一歌集だ。福岡の出版社書肆侃侃房(かんかんぼう)の「新鋭短歌シリーズ」の一冊として刊行された。

 

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  コンビニに生まれかわってしまってもクセ毛で俺と気づいてほしい

 

「コンビニ」を〈ありふれたもの、画一的で没個性的なもの〉の表象とするのはわかりやすいが、「生まれかわってしまっても」には意表をつかれた。

西村さんは「あとがき」で、「人間がコンビニに生まれかわってしまうことは、ままあるとおもうのです」という。

クセ毛を縮毛矯正し、髪色を黒にし、リクルートスーツを着て、パンプスを履いていました。(中略)就活でした。均質な格好をし、均質な言動をし、しかしそこに社会に好ましいたぐいの個性を滲ませなければならない。わたしは疲れ、体調を崩し、すきだった本も読めなくなって、けっきょく就職はできず、それでも何か読みたくて、図書館で笹井宏之さんの歌集『えーえんとくちから』を借りました。(p.140)

そして自分でも短歌をつくるようになったそうだ。

 

さて、それでは私がこの歌集の中で気に入った歌・気になった歌を5首引用したい。

 

  求人の「三十歳まで」の文字がおのれの寿命のようにも読める

  でも俺はグリーンがいいな、戦隊の。仕事はするが定時で帰る

  ふあんって響きだけなら飛べそうね白いコンビニ袋みたいね

  跳び箱を跳んだつもりが跳び箱に座ってそのまま大人になって

  サボテンを枯らすわたしと腐らせたきみにも飼える夢がほしくて

 

とくに「跳び箱」の歌が好きだ。何かを乗り越えられないまま大人になってしまったことへのとまどい、恥ずかしさ、その途方にくれた感じ。身に覚えがありすぎる。私はいまでも跳び箱に座ったままなのかもしれない。

 

うーん、一応選んではみたけれど、別の日に、別のコンディションのときに選んだら、たぶんぜんぜん違った選択になると思う。こういうのはいつも暫定的だ。

ほかにも紹介したい歌がいくつもあるが、きりがないので、気になった人はぜひ実際に歌集を手にしてみてほしい。

あなたに届く歌があるかもしれない。