何を読んでも何かを思いだす

人生の半分はフィクションでできている。

先祖自慢はほどほどに

 

先日、いつものように血圧の薬を出してもらいに病院に行った時のこと。

診察の予約時間にはまだ早かったので、診察室の前の長椅子に座って文庫本を読んでいると、後ろの席のおじさんたちの会話が聞こえてきた。

歳の頃6、70ぐらいの二人連れなのだが、会話といってもほとんど一人が一方的にしゃべっていて、もう一人は聞き役にまわっている。

私は聞くともなしに聞いていたのだが、その話の内容がちょっとおもしろかった。少し補足を加えて要約すると、だいたい次のような話である。

 

 

いまではすっかり没落してしまったけれど、昔のわが家はけっこう裕福で、戦前は広大な農地を持つ大地主だった。それが戦後の農地改革で土地を取られて衰退してしまったのである。

それも一朝一夕で財を成した成金ではなくて、相当古い家柄らしい。残念ながら家系図のようなものは残っていないが、どうも「やんごとなき方々」とも何か関係があるらしく、昔は桜が咲く頃になると「宮内庁」から挨拶状(?)が届いていたらしいのだ。

それから伊藤伝右衛門筑豊の炭鉱王と言われた大富豪)とも知り合いだったとか。

そもそもウチの名前からして、明治時代になって適当に作った姓ではなく、かなり昔からある由緒正しい姓らしい。そう、たぶん弥生時代ぐらいから……。

 

(いやいや、弥生時代はないだろう)と突っ込みたくなったけれど、私も大人なので(?)そこはぐっとこらえた。

上の要約はかなり話を整理したもので、実際は「ほら、誰だっけ、あの人……」とか「ええと、あれだ、あれ」みたいな話ぶりだった。聞き役のおじさんはいい人らしく、そんな話にいかにも感心したように相槌を打っていた。

いろいろ怪しげなところが多いが、たぶん何か具体的な証拠の品や記録などがあるわけではなく、親や祖父母が語ってきたことをうろ覚えにしているのではないかと思う。

話しているおじさんも、別にこの話で相手からマウントを取ろうというふうでもなく、ただ無邪気に自慢しているようなので、あまり嫌味な感じはしなかったのだが。

 

自分の先祖を誇らしく思えるというのは、悪いことではないのだろう。私にはどうもそういう先祖を敬う気持ちが希薄なようなので、素直に先祖を誇る人が少し羨ましくもある。

しかし自慢もほどほどにしないと、嫌味を通り越してちょっと滑稽な感じがするので要注意だ。

それと、せっかく自慢するのなら、ある程度調べてからにしないと……。