何を読んでも何かを思いだす

人生の半分はフィクションでできている。

味噌、白秋、台湾藻

 

スーパーで買い物をしているとき味噌が切れていたのを思い出して、いつも買っている味噌を手に取ったのだが、ふと思いなおしてそれを棚に戻した。

今日は普段買わない味噌を買ってみようと思ったのだ。

いままで使っていた味噌は大手メーカーのだし入り味噌で、ずっとそればかり買っていた。簡単に使えて過不足なくおいしいので定番にしていたのだが、最近なんだか生活に倦怠感があるのでちょっと気分を変えたくなったのである。

あらためて棚を見てみると、けっこういろいろな味噌が並んでいる。

しかし私は(たびたび書いているように)「貧乏舌」なので、あまり微妙な味の違いなどわからない。味噌の違いなんて、そんなにはっきりわかるものだろうか? そう思うと、どれでもいいような気がしてきて逆に選べなくなる。

 

ふと『白秋』という名前が目にとまった。

手に取ってラベルを見ると、福岡の柳川市にある「鶴味噌醸造というところが作っている味噌らしい。柳川は詩人の北原白秋の生地である。それで『白秋』。

私はとくに白秋のファンというわけでもないが、これに決めよう。

家に帰ってさっそく味噌汁を作る。具は「豆腐+たまねぎ+ワカメ 」の(私の中では)スタンダードな組み合わせ。

ちょっと甘口でおいしかった。(本当はもっとおいしそうな表現をしたいのだが、残念ながら食レポ能力がないので……)

 

ところでその味噌のフタには北原白秋の短歌が一首引用されている。

 

  橋ぎわの醤油並倉西日さし

  水路は埋む台湾藻の花

 

故郷柳川を詠んだ歌だ。柳川は縦横に水路が巡る水の街である。

ここに歌われている「並倉」 (並んだ倉)は、この味噌を作っている「鶴味噌醸造」にあるレンガ造りの味噌蔵のことで、「醤油」というのは白秋の勘違いらしい。

 

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(画像は「鶴味噌醸造(通販部)」のHPから拝借)


「鶴味噌醸造」は明治3年創業の老舗。この並倉は明治の終わりから大正の初めにかけて順次造られたもので、現在でも外観はそのままに(内部の設備を現代的にして)味噌蔵として使われているらしい。

掘割に面していて、柳川名物の「川下り」のコースの一つにもなっている。

 

「台湾藻」というのは、一般的にはホテイアオイと呼ばれる水草で、こういう植物だ。

 

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(画像はWikipediaより拝借)
 

米原産の外来種で繁殖力が強く、条件が良ければ画像のように水面を覆い尽くすようになる。まさに「水路は埋(うず)む」という感じだ。(花は夏に咲く)

しかしなぜ「台湾藻」というのかはわからなかった。あまり一般的な言葉ではないのかもしれない。

ちなみに上の短歌が収録された 歌集『夢殿』昭和14年)には「台湾藻」が出てくる歌がもう一首あって、こちらには「ウォータアヒヤシンス」と英語名のルビがふってある。(参照・引用は青空文庫版。岩波の全集は未確認)

 

  草家古り堀はしづけき日の照りに

  台湾藻[ウォータアヒヤシンス]の群落が見ゆ

 

なんだか時間まで水路の水のようにゆったりゆったり流れているようだ。 

 

柳川は、学生時代の帰省のときにいつも電車で「通過」していたけれど、実際にその地を歩いたのは30年ぐらい前に一度きりだ。

出不精の私にしては珍しく、ちょっと再訪したくなった。

いまの季節なら「台湾藻」の花も咲いていることだろう。

でも「川下り」は遠慮したい。

舟に酔うので。