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何を読んでも何かを思いだす

あてのない読書、あてにならない感想、その他。

習字の時間

 

前回読んだ新保信長『字が汚い!』の中で、著者の新保さんは「小3ぐらいから中1ぐらいまで書道教室にも通わされたが、面白いほど身についていない」と書いていた。また、取材をした同年代の人たちの中にも子どもの頃習字を習っていた(けど字が下手な)人がいて、「まあ、世代的に『習い事といえば習字』というのが定番の時代ではあったけど」とも書いている。

新保さんは1964年(昭和39年)生まれ。私は1969年(昭和44年)生まれ。そしてやっぱり私も習字を習っていた。

 

私が習字(書道)を習い始めたのは小学2年生、7歳の頃からだった。

理由は単純で、同級生が何人か通い始めたからだ。その当時の(私の)田舎では、子どもの習い事といえばたいてい習字か算盤だった。ほかに音楽教室(エレクトーン?)もあったが、それは女子しかやっていなかったと思う。

 

道教室は日曜日の午前中に開かれていた。

歩いて10分もない近所だったが、私はたいてい自転車で通った。その家は道に面して庭があり、私たち生徒はその庭に自転車を停めていた。

教室として使われていた広い和室には、その庭から直接入れるようになっていた。コンクリートで固めた三和土(たたき)のようなところで靴を脱ぎ、広い縁側に上がって、ガラス障子を開けて中に入る。室内には低い長机が何本か縦横に並べてあり、生徒は思い思いに席につき、正座して習字を始める。

人が多くて座れないときには、隣の部屋で順番待ちをしたり、いったん家に帰って出直したりした。書道教室といっても静かで落ち着いた感じではなく、子どもたちで賑わっていた。

 

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そこは高齢の(といっても子どもの目線なので、実際はそれほど高齢でもなかったのかもしれないが)女性のS先生と 、その甥である30歳前後のT先生の二人で運営されていた。

S先生は主に大人の生徒を指導していて、私たち子どもを見るのはたいていT先生の方だった。T先生は気さくでおもしろい人だった。(ときどき機嫌が悪い時もあったけど)

私たちはお手本を見ながら練習し、いい出来だと思うものは先生に見せに行き、朱筆で指導してもらう。ある程度納得できるものが書ければ先生がOKを出し、それでその日は終わりになった。時間が決まっているわけではないが、だいたい1時間から2時間といったところだ。

遊び盛りの子どものことだから、そんなに集中力が続かない。途中で友だちと話したりふざけたりしてだらだらやっていると、お昼を過ぎてしまうこともあった。

 

その教室に入会すると、自動的にその地方の「書道協会」にも入会したことになり、そこから「級」をもらった。

私たちは月に一枚、最もいい出来の作品を「清書」としてその協会に提出し、認められれば昇級することができた。一つ一つ級が上がっていくのは嬉しかった。

 

同じ時期に入会した友だちは、早ければ数ヶ月、普通でも1、2年でやめていった。子どもの習い事なんてだいたいそんなものかもしれない。

長く続いた子でも、中学校に進学するのを機にやめる子が多かった。

しかし私は高校2年まで、約10年間続けることになる。書道が本当におもしろいと思えるようになったのは、7年目ぐらいからか。いろいろ学んだこともあったのだが、(長くなってきたので)その辺のことはまたいずれ……。

 

今回は、40年ほど前の田舎の書道教室の雰囲気を再現してみたかったのだが、その一端でも伝わっただろうか。

教室というよりは、時代劇に出てくる「寺子屋」みたいな感じだったな。 

いまでも書道教室に通う子どもはいるんだろうか?