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何を読んでも何かを思いだす

あてのない読書、あてにならない感想、その他。

書皮のいろいろ

 

書店で本を購入すると、「カバーおかけしますか?」と訊かれる。

そのときの気分にもよるけれど、私はたいていかけてもらうようにしている。根が貧乏性なので、タダでもらえる物はとりあえずもらっとけ、というあさましいところがあるのだが、それとは別に書店カバーが単純に好きなのだ。

いまは少なくなってきた個人経営の書店や、旅行先で訪れたその地方にしかないチェーン店のカバーは、ちょっとした記念になる。(旅行、行かないけど)

全国展開している書店のカバーなどはどれも同じだが、時代によってわずかな違いがあったりする。たとえばカバーの端に印刷されている各地の店舗のラインナップが変化していたり。

 

この書店カバーというのは(ほぼ)日本独特のものらしい。(断言はできないが)

「過剰包装だ、資源の無駄だ」という意見もあるだろうし、ひょっとしたら書店側も廃止して経費削減をしたいと思っているのかもしれない。

そもそも日本では、廉価版である文庫本にさえカバーがついている(昔はなかったが)。その上に書店カバーまでかけるのは、いささか本に対して過保護すぎるような気がしなくもない。

しかしまあ、そこは本を大切にする文化なのだと(いい方に)解釈しておこう。私も「本を跨いではいけない」と言われて育った世代なので。

 

書皮友好協会監修『日本のブックカバー』(グラフィック社、2016)という本には、300以上の書店カバーが掲載されている。

ちなみに「書皮」というのは中国語で「本の表紙、ブックカバー」を意味する言葉だという。

 

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見ているだけで、あちこちの書店を訪れたような気分になって楽しい。

デザインはプロのデザイナーに頼んでいるところが多いようだが、なかには公募してコンテストのようにしている書店もある。これはいいアイデアだと思う。

いいなあ、素敵だなあと思うカバーがたくさんあったのだが、その中でも私が一番欲しいと思ったのがこちら。

 

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岐阜市の「自由書房」の昔のカバーで、安野光雅さんのデザインだ。

こんなカバーをかけてもらったら、本を買った喜びが5割ぐらい増すような気がする。

 

この本の巻末には、書皮友好協会会員の橋本光司さんの「本への誠意と敬意が漂う『書皮』の文化」という文章が掲載されていて、これが興味深い。

そのなかで橋本さんは、書店カバーが百貨店の包装紙の影響を受けて誕生したものだと考察し、物を《包む》ことや、「紙」に対する日本人の美意識やこだわりに言及している。

 

 漢字の「紙」は、「神」「上」「髪」「守」と同じ「かみ」という読み方であることが興味深い、と指摘する人がいる。「神」「上」「髪」「守」は、いずれも〈高位、高いところにある〉が共通しているが、紙も人の意識の中では〈高いところ〉に位置するものだ。

 紙を大切にする気持ち、紙に対する感性も、「かみ」という読み方と関係しているのではないかという見方がある。

(中略)

 書皮には各種のデザインや単色刷りのもの、多色刷りのものがあるが、本を包む紙に込められる思いは、それぞれの書店の、本に対する誠意と敬意の表れとも解釈することができるだろう。本も書皮も同じ紙でできているところがよいのだ。(p.155)

 

ブログのアイコンに「紙」(篆書体)を使っている者としては、ちょっと嬉しい。