何を読んでも何かを思いだす

人生の半分はフィクションでできている。

「世界」をつくる

 

大童澄瞳(おおわら・すみと)『映像研には手を出すな!』小学館、2016-)がおもしろい。

 

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「芝浜高校」に通う浅草、水崎、金森の3人(のちに音響部の百目鬼[どうめき]が参加)が「映像研」を立ち上げて、自分たちの「最強の世界」をアニメとしてつくり上げていくという物語だ。

浅草氏(彼女たちはお互いを○○氏と呼ぶことが多い)は「設定」にこだわり、全体を指示する「監督」的ポジション。水崎氏は「キャラ」と「動き」にこだわる職人気質のアニメーター。百目鬼氏は「音」にこだわる音響監督。金森氏は映像研の運営や、生徒会や他の部などとの対外交渉、営業などを一手にこなすプロデューサー、といった具合に、それぞれの才能によって分業しつつ、それを一つに合わせて自分たちの「最強の世界」を具体的につくり上げていく。その制作にかける熱量がすごくて、読んでいるこちらも引きずり込まれてしまう。

細かい魅力はたくさんある(というか、細部への異常なまでのこだわりが魅力)のだが、とにかくひとつの「世界」をつくるエネルギーにあふれた漫画だ。おもしろい。

 

『映像研』ではアニメという手段で自分たちの「世界」をつくり上げるが、自分の「世界」をつくる手段は他にもある。

簡単なところで言えば、このブログというもの。

この文章を読んでくれている人の中には、自分でもブログを書いている人がいると思うが、そういう人はもう自分の「世界」をつくっているといっていい。

自分の「世界」だなんて、そんなおおげさな……と思うだろうか?

「私はただ、その日にあった事を記録しているだけなので……」という人もいるかもしれない。

「自分は読んだ本の感想を書いてるだけで、詩や小説を書いてるわけじゃないし」という人もいるだろう。

しかしそれでも、あなたのブログはあなたの「世界」なのだ。

テーマや内容がどんなものであれ、それはあなたが言葉で構築したあなたの「世界」にほかならない。

逆に言えば、誰かのブログを読むということは、その人の「世界」に一歩足を踏み入れたということになる。

ようこそ、わたしの「世界」へ。

 

もしあなたがブログを書いていない人なら、一度書いてみてはどうだろう?

もちろん漫画でも動画でも音楽でもいいのだが、言葉は(一応)誰でも使えるし、ブログは簡単に始められる。

もっとも、まがりなりにもひとつの「世界」をつくるのだから、それなりにエネルギーも時間も必要になる。めんどくさいことや大変なこともいろいろある。

しかし日常生活とは別に自分の「世界」をつくるというのは、なにか大切なことのような気がする。

まあ、理屈はともかく、なかなかオモシロイものですよ。