何を読んでも何かを思いだす

人生の半分はフィクションでできている。

「俺は長男だから……」

 

いつも利用している動画配信サービスで、いま鬼滅の刃を再配信している。

リアルタイムの時には、そのおもしろさに気付くのが遅れて、終わりの方の3、4回しか見ることができなかったので、いま毎日楽しみに視聴している。

漫画の方は買うかどうか検討中。いま買うと、いかにも流行りものに乗っかりました、みたいな感じがして、それがちょっと癪にさわる。

それに、単行本はいま18巻まで出ているので、これを全部新刊で買うとそれなりの金額になる。そのお金をどうするか、脳内予算委員会で激しい議論が続いているが、まだ解決策が見出せない。しかしこのままでは、与党(買う方向)が強行採決で押し切りそうな感じだ。

 

f:id:paperwalker:20200124113737j:plain


そのアニメの第12話で、とても印象的な台詞があった。

炭治郎は鬼と戦っているのだが苦戦している。敵が強いのはもちろんだが、炭治郎は前回の戦いの負傷が完治しておらず、ちょっとした動きでも体に激痛がはしる。それでもずっと我慢して戦っている。そして弱気になりそうな自分を鼓舞する台詞の中に、次のような言葉があった。

 

「俺は長男だから我慢できたけど、次男だったら我慢できなかった」

 

非現実的な戦いの最中に急に「長男」なんていう現実的な言葉が出てきてちょっと意表を突かれた。と同時に、いかにも炭治郎らしい台詞だと思って感心した。

 

物語が始まった時点で炭治郎の父はすでに他界していて、 彼は母と弟妹たちと暮らしている。炭治郎は長男で当時13歳。その下には長女の禰豆子(ねずこ)を含めて2人の妹と3人の弟がいる。炭治郎は父の跡を継いで「炭焼き」をして家族を支えている。まだ13歳だというのに一家の大黒柱であり、幼い弟妹にとっては父親がわりでもある。

炭治郎自身それを充分に自覚している。責任感の塊のようなやつだ。

生活は楽ではないが、一家はつつましくも幸せに暮らしていた。そんな家族が、炭治郎の留守中、一夜にして鬼に惨殺される。ただ一人生き残った禰豆子も鬼にされてしまった。炭治郎は禰豆子を人間に戻すため、これ以上自分たちのような不幸な人間をつくらないために「鬼殺隊」(鬼狩り)に志願する……という物語だ。

 

実は私も長男だ。ただし、上に2人の姉がいる末っ子の長男である。このあたりの家族構成については以前少し書いたことがある。 

paperwalker.hatenablog.com

要するに、末っ子の長男として、過保護に甘やかされて育ったという話だ。

同じ長男でも炭治郎とは正反対だといっていい。炭治郎は「長男だから」という理由でがんばれるやつだ。

私は長男として優遇され、その特権を充分に享受していたにもかかわらず、「長男だから」という言葉が重苦しくてたまらなかった。いまだってそうだ。

私にも弟や妹がいれば、長男としてもっと責任感のある人間になれただろうか? そう思ったりもするが、まあ、そういうわけでもないか。

だから私には、はるかに歳下の炭治郎がちょっとだけまぶしい。