何を読んでも何かを思いだす

人生の半分はフィクションでできている。

ありふれた日常のかけがえのない時間

 

私は漫画も基本的には紙の本しか買わないが、無料の電子版はよく読む。

そういうのはたいてい最初の1巻か、3巻ぐらいまでが無料で、続きが読みたければ有料で、ということになっている。試供品というか、釣りでいえば「撒き餌」のようなものだ。

そのまま続きの巻をクリックして購入すればすぐに読めるが、紙の本だとそうもいかない。本屋(もしくは古本屋)に行くまでには時間差ができるし、ネットで購入しても届くまでに時間がかかる。そう考えると、続きが読みたいと思ってもめんどくさくなって興味が薄くなり、「まあいいや」となってそれっきりになってしまう。

しかし、なかには読みたい気持ちがずっと持続して、紙の本を買うこともある。

 

オジロマコト猫のお寺の知恩さん小学館、2016-18、全9巻)もそんなふうにして買ってきて読んだ漫画だ。

この漫画には独特の雰囲気があると思うのだが、それをうまく説明するのは難しい。

 

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主人公の源(げん)は実家から遠く離れた田舎の高校に通うため、遠い親戚のお寺に下宿する。

彼は幼い頃、家の事情でしばらくそこに預けられていたことがある。そしてそこには、昔姉のように慕っていた3つ歳上の知恩さんがいる。

ひとつ屋根の下で一緒に暮らす歳上の女性との微妙な距離感。そういう話。

 

この漫画で描かれるのは、田舎のありふれた生活だ。住んでいるところがお寺なので、そこはちょっと特殊な事情もあるけれど、基本的には普通の生活。

入学式、友だち、部活、雨の夜、勉強会、夏休み、海、お盆、プール、花火、文化祭、流星群、風邪、大晦日……。

この漫画は、そういう一見「ありふれた日常」を静かに、 ゆっくりと、ひとコマひとコマ丁寧に描いていく。台詞も少なめで、絵に語らせるような感じだ。独特の「間」があって、独特の時間が流れる。

そうすると「ありふれた日常」だと思っていたものが、実は「かけがえのない時間」の集積だということに気づく。

そして、そのことを知っている人だけが、自分の生活を「幸せ」で満たすことができる。

そんな気がする。

 

諸行無常

仏教の教えで、この世にあるすべての事象は移り変わりゆく。

人も物も変わらずいられるものなんてない。

…けどあたしは今こうしてても思うよ、

ああ しあわせだ。(第8巻)

 

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うーん、やっぱりうまく説明できない。

理屈なんか抜きにして、最初からこう言えばよかったかな。

 

カワイイ猫がたくさん出てくるので、猫好きの人にもオススメ!

 

今週のお題「好きな漫画」